ACe建設業界
2011年7月号 【ACe建設業界】
ACe建設業界
特集 人づくり
 第2回 「繋」
最大級の津波を
 想定した減災対策へ
平成23年度
 意見交換会
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天地大徳
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目次
ACe2011年7月号>ENGINEERING ACTION!
 

[特集] ENGINEERING ACTION!
     東日本大震災 ─そのとき現場では─

港湾空港技術研究所
最大級の津波を想定した減災対策へ

 
 
 
[文]
高橋重雄(Shigeo Takahashi)
 独立行政法人港湾空港技術研究所
 アジア・太平洋沿岸防災研究センター長

甚大な被害をもたらした大津波。
その被害の実態と今後の防災対策について、海の防災・環境・利用に関する研究を行っている港湾空港技術研究所アジア・太平洋沿岸防災研究センターの高橋センター長にお話を伺った。

13mを超える巨大津波の痕跡
津波防災施設の被災状況及び減災効果
釜石港防波堤の効果
今後の防災対策



13mを超える巨大津波の痕跡

綾里の階段状防潮護岸。護岸上部にあったパラペットは津波によって後ろに吹き飛ばされた。

 港湾・空港・海岸を早期に復旧・復興させるため、災害直後から、国土交通省のテックフォース(緊急災害派遣隊)の一つとして、実態調査隊を派遣しています。3月14日から4月14日までにテックフォースとして十班、他機関と協力して二班のチームが青森県の八戸港から茨城県の鹿島港において現地調査を行いました。港から都市部までの被災状況、津波の痕跡、物流の機能など、街全体がどのようになっているかを調査しています。

 この地域は、1896(明治29)年の明治三陸地震津波、1933(昭和8)年の昭和三陸地震津波、1960(昭和35)年のチリ地震津波など、昔から津波の被害を受けてきた歴史があります。そのため、津波に対する意識が高く、念入りな津波防止対策を施してきました。しかし、東日本大震災では、M9・0の大規模な地震が起こり、当初想定していた値を全て上回る大津波が発生しました。その結果、想定していなかった東北南部の平野部を含め、東北地方の太平洋沿岸部全体に多大な被害をもたらしました。

 津波の高さは、沿岸から約20kmのところに設置されている国土交通省港湾局のGPS波浪計の観測値から読み取ることができます。GPS波浪計は波浪や潮位を観測する装置で、各港の将来設計や改善、また津波防災に活用されています。観測値によると、津波は久慈から小名浜までの沖で断続的に起こっており、釜石沖では6.7mが観測されました。これは驚くべきことです。なぜかというと、沖合から岸に近づき、水深が浅くなると、波は少なくとも2~3倍ほど大きくなります。つまり、13mを超える巨大津波が岸に到達する可能性があるということになります。これを受けて、当時気象庁は大津波警報を六メートルから10メートル以上に引き上げています。

 GPS波浪計の観測値をもとに水深が浅くなる地点の津波高さを推定すると、宮古から仙台までは10mを超えていたことになります。また、実際に現地調査において測定した津波痕跡高によると、浸水高さは15m超、遡上高さは30m近くまで及んでいたことが分かりました。ただし、津波の高さや痕跡高にはばらつきがあります。これは同じ津波が到達しても、海岸の地形や防波堤などの構造物によって変わるからです。例えば、複雑に入り組んだ海岸線をなすリアス式海岸では波が大きくなります。一方、松島のような島が点在するエリアでは津波のエネルギーが遮蔽され、波が小さくなります。また、釜石港の湾口防波堤のように構造物によって遮蔽される場合もありました。

 海岸に到達した津波は、海岸の断面により、遡上の仕方が四つのタイプに分類されます。「砕波型」は砂浜を駆け上り、先端が砕けながら、湾の奥まで入ってきます。「急遡上型」は、波が砕けても、すぐ後ろに坂があるため、勢いよく上がっていき、20m~30mになります。「水位変動型」は海の近くに崖がある地域において、水面の上下動が起こります。「越流型」は水深が深い港で起こりやすく、波が砕ける前に海岸の壁に当たり、越流します。

 たとえ2mの津波でも木造家屋を破壊する威力があります。5mではほとんどの木造家屋が破壊され、10mを超えると何もなくなり、コンクリートの建物、道路や橋なども被害を受けます。しかし今回の震災を見ても分かるように、日本の耐震設計でつくられているコンクリートの建物は、被害は受けるものの、10mの津波でも、かなりの確率で躯体が残るのではないかと思います。

津波防災施設の被災状況及び減災効果

田老の壊れた堤防は多くの部分が海側に転倒しているため、押波時だけでなく、引波時にも破壊が進行していたと考えられる。

 今回の震災では、多くの津波防災施設が被災しました。しかし、その中にも減災効果があったものがあります。例えば、綾里(岩手県大船渡市)では明治三陸地震津波時の遡上高さ38.2mという記録がありましたが、今回の震災では、津波がさらに大きいにもかかわらず、遡上高さが30m弱と小さくなっています。これは明治三陸地震津波の後に建設された防潮護岸の効果であると推定されます。

 また、過去に高い津波に襲われた田老(岩手県宮古市)では、その経験から天端高10mの堤防が平面的にX字の形状でつくられていました。今回の津波の高さは18~20mですので、越流しており、一部の堤防は壊れています。しかし、壊れていない部分の後ろの山側は家が残っています。堤防がなければ、山側の家も壊滅的被害を受けていたと推定されます。

 一方、津波防災施設が壊れることなく機能したおかげで、被害を受けなかった地域もあります。普代村(岩手県)の普代地区には、高さ15.5mの普代水門があります。津波は河川を遡上するため、背後の村を守るために設置されていました。15mを大きく超える津波がこの地域を襲い、水門を超えましたが、構造物が壊れなかったため、越流した水量は小さく、大きな浸水被害を免れました。同じ普代村の太田名部地区では、海岸の地形や漁港の防波堤の効果によって津波高さが周辺地域より小さくなりました。漁港は遡上高さが10m以下と被害を受けましたが、防潮堤背後側の地域は15mの防潮堤が機能して守られました。

 このように、津波防災施設の壊れ方には差異があり、壊れたものと、壊れていないもの、両方を調査していくことが重要だと考えます。

 なお、津波防災施設が壊れる原因は、三つの要因が考えられます。

  • 越流によって、前後の水圧差が起こり、堤体が滑動する
  • 速い流れの力により、捨石の散乱や地盤の洗掘が始まり、ケーソンが傾斜及び変位する
  • 波面の衝突力により、胸壁が破壊される
釜石港防波堤の効果

 釜石港湾口防波堤は、数多くの津波に襲われてきた釜石港の対策として平成20年に完成しました。津波に対して、港内水位を防潮堤天端より減衰させることで背後生活圏への進水を防ぐことを目的としています。世界最大水深(マイナス63m)に設置され、防波堤として初めて耐震設計が取り入れられました。明治三陸地震津波の経験から、津波の高さを8mから4mへ低減するように設計されましたが、港湾空港技術研究所が開発した「高潮津波シミュレータ(STOC)」を用いて計算したところ、今回の震災では、13.7mから8mへ、約4割低減しているとの結果が出ました。これは、現地調査で測定した痕跡高と比較的一致しています。さらに、津波の高さを低減した結果、津波の高さが4mを超える時刻が六分遅延されたと考えられます。つまり、防波堤はある程度機能を果たしたといえます。最終的には壊れていますが、津波作用時のビデオ画像(東北地方整備局釜石港湾事務所撮影)によると、第一波の最大波高値のピーク近くまでは形が残っていたことが分かります。

今後の防災対策
   ─「性能設計」と「粘り強い構造」─

長さが990mの北堤と670mの南堤からなる釜石湾の湾口防波堤。明治三陸地震津波の教訓から、津波の高さを低減するためにつくられた。

 津波の被害軽減のためには、最大級の津波による被害をあらかじめ想定し、ハードとソフトの対策を計画・設計していくことが必要です。そのための新しい設計体系として、二つの設計レベルを取り入れた「性能設計」を導入することが挙げられます。

 レベルⅠはこれまで考えられてきた、100年で一回程度の発生確率(近代で最大のもの)とし、人命、財産、経済活動を守ることを目的とします。レベルⅡは1000年に一度の発生確率(最大級のもの)を想定とし、人命を守ることはもとより、経済的損失を軽減し、大きな二次災害を引き起こさないように、また、早期復旧も視野にいれて設計します。レベルⅡを想定することは人命を救うために不可欠です。越流しても壊れない、もしくは壊れても機能を保持できるような「粘り強い構造」の防災施設をつくり、減災を図ることが重要だと考えます。さらに、津波防災施設のようなハード対策に加え、避難等のソフト対策を組み合わせます。例えば、海岸付近の住居や避難ビルは中高層の建物とし、鉛直に避難できるようにするなど、避難を考慮した都市計画を整備していくことが必要だと考えます。

 建設業の方々には、これからの評価に耐えられるような「粘り強い構造」の防災施設やその施工技術、さらには津波に強い街づくりの技術を一緒になって開発していただけることを期待しています。
 
   
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