ACe建設業界
2011年7月号 【ACe建設業界】
ACe建設業界
特集 人づくり
 第2回 「繋」
最大級の津波を
 想定した減災対策へ
平成23年度
 意見交換会
遠近眼鏡
天地大徳
世界で活躍する
 日本の建設企業
現場発見
BCS賞受賞作品探訪記
建設の碑
フォトエッセイ
目次
ACe2011年7月号>特集
 

[特集] 人づくり

技術立国ニッポンの「人づくり」を考える
第2回 「繋」

 
 
 

市場のグローバル化、人口の減少と高齢化が進行する時代を迎え、
国力の低下が危惧される日本。
いまこそ、一人ひとりの人間力を高める 「人づくり」が必要とされている。
第二回「繋」では、斬新な教育・研修を行なっている企業の取り組みを取材した。
近年建設業をはじめ、ものづくりに関わる産業を取り巻く
社会環境や技術が複雑化してきている。
そのため、若手社員に対して、先人の努力や意思を
確実に継承していくための教育が求められている。
伝承する者と継承する者、時代を繋ぐ双方の思いを聞いた。


技術を繋ぐ 竹中技術実務研修センター「想」
意識を繋ぐ ホテル インターコンチネンタル 東京ベイ
社員を繋ぐ 三井物産 葛西寮



技術を繋ぐ
    ―実践的な研修でものづくり精神を伝承する―

竹中技術実務研修センター「想」
校倉造りをイメージした外観。S造、床面積約1,000m2の自然換気による省エネ建築。深呼吸したくなる清々しい空気と、静まり返った環境のなかで研修が行われる。入り口のパネルで竹中統一社長からのメッセージが伝えられている。

体験型の研修に特化

RC造モックアップを使った配筋検査実習や鉄筋施工の組み立て、設備機器取り扱い実習の様子。課題はグループワークで進められ、研修の最後に85点が合格ラインの修了試験をパスすれば修了証が手渡される。

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 兵庫県川西市の中部、山裾に広がる豊かな樹木に囲まれた敷地のなかに、竹中工務店の研修施設が建っている。これまであった二施設に加え、2011年1月、あらたに「想」がオープン。「見て、触れて、体得する」というコンセプトで、体験型に特化した研修を開始した。基本方針は、同社が蓄積してきた「品質のつくり込みのプロセスを確実に次代に伝承する」ことである。研修対象は初級(入社3~5年)、中級(入社6~8年)、上級(入社9~11年)の三段階。一回の受講者数は25名前後で、本支店から選ばれ、厳しいカリキュラムで2泊3日の研修が実施される。用意された教材とカリキュラムは、まさに五感を通して学ぶことに徹し、建設業界初の試みとなっている。

若い時こそ身体で基本を身に付けたい

 「想」の内部へ一歩踏み入れると、まず、高さ6.5mを越すRC造のモックアップ(実物大模型)のボリュームに目を奪われる。工事中の集合住宅を想定し、基礎から二層分の躯体を設置したもので、RC造の配筋、型枠、コンクリートなどが現場さながらに再現されている。ところがこのモックアップには、鉄筋工事に関して129カ所、その他の部位で41カ所もの施工上の間違いが隠されているという。研修受講者でも重要なのは20代を中心とする若年層の現場担当者だ。その間違いをどれだけ見つけることができるのか、自分の力量を試すとともに、見逃したチェックポイントについて講師の解説を受け、施工管理の重要性をあらためて意識できるようにつくられているのである。

 2009年に、この間違い探しのモックアップを含め、「想」の設立を提言し、開講に漕ぎつけるまで尽力してきたのが生産本部専門役の木谷宗一さん。「20代から30代前半にかけて、若い時代は身体を使って基本をしっかり覚え込むことがもっとも重要です。習い事は型から入って身に付くもの。座学だけでは頭に残らない」と力を籠める。

 「想」設立の背景には、時代の流れとともに、建築の品質確保が一層求められる一方、業務の増加と分業体制の進行のなかで、若い現場担当者が現物に触れながら鍛えられる経験が減少していること、また本支店によって研修内容にばらつきが出るといった課題がある。例えば、品質管理の要である配筋検査では、設計図書や施工図を読み取る力がものをいう。しかし、現場で施工図を描く経験が少ないと、図面を読み込む力が養われない。それらをフォローし、カリキュラムには配筋検査実習、施工図の作成実習を盛り込み、チェックポイントを見極める基本を体得させる。また、屋外ヤードでは、鉄筋施工技能士一級の実技試験と同じ内容の組み立て実習も行う。日頃は鉄筋の修正などを指示する立場の受講者も、絡み合った鉄筋を組み立て、また直すのが、どれだけ手間がかかる作業か、職人の痛みとそれが時間やコストの無駄に繋がることも、自分でやってみて初めて理解できるという意図からだ。

人材育成の輪を広げる

 受講者も手応えを感じているようだ。初級研修を修了した西川潤さんは入社5年目。「研修でわかったのは、鉄筋がどのように組まれているか、具体的に理解できていなかったことです。モックアップの間違い探しを通して、見るべきポイントがわかり、意識が変わりました」と言う。入社6年目の井上崇さんは、中級研修を修了し、自分の手で施工図を描く体験が、とても勉強になったという。「職人さんは担当者が図面を理解してものを言っているのかどうか、わかっています。職人さんに認めてもらうことが、いい仕事と品質管理につながると思うようになりました」。また、上級研修に臨んだ空久保光さんは入社11年目。基本をもとに応用を利かせ、新しい提案などを生み出すレベルにステップアップする立場だ。「ハードルの高い新しい仕事をやろうとすると、逆に基本を忘れてしまいがち。センターの研修はその基本を再認識するうえで、いいきっかけになりました」と捉える。

 「一回の研修で、実力ががらりと変わるわけではない。しかし、基本を学んでいればボディブローのように徐々に効いてくる」と木谷さん。今後、協力会社からも受講者を受け入れ、人材育成の輪を広げながら、ものづくりの精神と技術を伝えていく。

(写真提供:竹中工務店)

教育・研修のポイント

»実物大のRC造モックアップによる五感を使った実習
»現場で必要とされているスキルを盛り込んだカリキュラム
»従業員、協力会社と「ものづくり精神」を共有する



意識を繋ぐ
    ―気づきのきっかけをつくり、ホスピタリティの心を育む―

ホテル インターコンチネンタル東京ベイ
東京湾に面し、レインボーブリッジとさまざまな客船が行き交う風景、浜松町方面に広がるビル群など、東京を代表する景観が一望できる立地にある。その国、その土地ならではのサービスにも力を入れており、国内外のビジネス客をはじめ、国際観光都市としてPRが進む東京への旅行客を歓迎している。

目に見えないもてなし

フレンチレストラン、ラ・プロヴァンスのOJTの様子。ソムリエキャプテンで、トレーナーの大越崇之さん(中央)の指導で、この4月入社した山本隆祥さん(左)が、料理に合せてワインをサービスするトレーニングを行なっている。山本さんは現在、サービスの裏方を務める。ゲストの望みをすぐに察知できる先輩スタッフを目標に、相手の話をよく聞き、なんでもよく見ながら、気づくための努力をつねに心掛けている。

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 一流ホテルには充実したサービスとともに、ホスピタリティがなくてはならないとされる。目には見えないもてなしの心といえばよいだろうか。顧客と接するホテルマンやホテルウーマンを育てるには、その心をいかにして育むか、大きな課題といえるだろう。

 東京・竹芝埠頭に1995年開業した「ホテル インターコンチネンタル 東京ベイ」。1946年に創業し、現在世界100カ国以上でホテル運営事業を展開しているインターコンチネンタル ホテルズグループがもつ七ブランドのうち、もっとも上位にランクされる「インターコンチネンタル」ブランドとして、ファーストクラスのビジネス客、旅行・レジャー客を顧客とする。

心遣いは少しずつ、常に持ち続ける意識を

 「インターコンチネンタルは、最高級のラグジュアリーホテルよりも、もう少しフレンドリーなホスピタリティを目指しています」と語るのは研修支配人を務める立石貴子さん。ホテルには接客関連の主要部門としてゲストサービス部、料飲サービス部、婚礼営業部がある。特に、ゲストサービス部、料飲サービス部ではセクションごとにトレーナーが配置され、新人は配属されたセクションでOJTを通じて、日々の仕事を学ぶ。立石さんはこれらのプログラム内容を検討したり、トレーナーミーティングを企画。また、随時助言を与えるなど、教育・研修全体を取り仕切る立場にある。サービス技術や接客方法などはOJTできっちりと教えるが、それは最低限必要なことにすぎないという。

 「ホスピタリティを身に付けていけるかどうかは、そこから先のことですね」と、にこやかな表情の立石さん。「目の前の一人ひとりのお客様に、喜んでいただけるように表す私たちの気持ち。それがホスピタリティです。特別なことではなく、家族や大切な人に対して、誰もが抱いている気持ちと同じだと思います。その気持ちを少しずつ、スタッフみんなが表すことができて、それがお客様の満足に繋がることを願っています」。少しの気持ちを常に失わないように、自ら意識し続けることが成長の鍵になるという。顧客一人ひとりは考え方も感覚も違う。顧客が言わず語らずに求めていることを察知するアンテナを備え、気軽に声を掛けられる表情や雰囲気をもち続けることも、時間はかかるが徐々に身に付いていく。

 立石さんの話に、ホスピタリティはあらゆる業種の仕事に通じると気づかされる。顧客、上司や同僚の間柄にしても、仕事は人と接しながら進むものだからだ。

教育・研修のポイント

»ホスピタリティは気持ちを表すことが重要
»OJTでは「気づき」のきっかけをつくる
»日々の仕事を通じて、自ら意識し続ける姿勢をつくる



社員を繋ぐ
    ―上下関係を体験し、信頼を築く基礎力を身に付ける―

三井物産 葛西寮
葛西寮は三井物産が東京にもつ8つの寮のなかの1つであり、平成18年に開寮された。現在、入社1年目から5年目までの総合職社員60名が寝食をともにしている。写真は葛西寮で企画した2010年7月の「寮ツアー」。ここで新入社員は宴会や催し物の段取りを学ぶとともに、結束を深める。社内でも「葛西寮出身の若手社員は元気がいい」と評判である。

共同生活から生まれる仲間意識

同期も年次の違う寮生もともに語らいながら食事をとる。白のジャージは3年次、紫は1年次の寮生。右から山崎啓司さん(風紀委員長)、飯野泰史さん(副寮長)、三上翔太さん。

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 かつては多くの企業が独身社員の福利厚生のために社員寮を所有していた。しかし、個人を尊重する風潮のなかで集団生活が敬遠され、また、景気低迷から会社資産を整理する対象ともなり、社員寮は次々に廃止されていった。ところが近年、人材育成の観点からそれが見直されている。

 三井物産はバブル経済崩壊後、一旦は廃止した社員寮を2006年に復活。その背景にあるのは商社マンとして必須のコミュニケーション力の低下、社内外で横断的な人的ネットワークを築いていくための基礎力にも影響することが心配されたからだという。経済情勢も社会情勢も世界的に流動化するなかで、国内はもとより、海外の隅々にわたり、新たなビジネスモデルの構築を目指す現代の商社にとって、人材育成はますます重要なテーマとなっている。

寮生運営の自治組織

 東京・江戸川区の三井物産葛西寮。RC造五階建ての建物外観は一般のマンションと変わらないが、二階の食堂でにぎやかに夕食をとる若き商社マンの面々は、お揃いのジャージ姿。運動部の合宿所のようだ。入社年次によって色違いで、胸には部屋番号と名前が書き込まれている。「寮においてはこれが正装です」と冗談めかすのは3年次で寮長を務める玉置惣一さん。今年入社した三上翔太さんは「新人としては、先輩に名前を覚えてもらえるメリットがあります」とすっかり馴染んだ様子。日常生活では、まず、挨拶励行が基本方針だ。年次による上下関係を大切にし、礼儀正しく、先輩の言葉に耳を傾けることも徹底させている。風紀委員長を務める山崎啓司さんは「会社では上司や顧客など目上の方々に接しますが、寮はその練習の場です」と位置づける。

イベントで強く結束

 寮生がもっとも燃えるのは他寮と対抗のイベントである。「やるからには必ず一番を取りに行くのが葛西寮のDNA。社内で負けていたら、ビジネスの場で勝てるわけがない」と副寮長の川原田庸一さん。そうした強い意志を最初に培うのは、1年次の寮生だけで2時間の出し物芸をつくり、80名程度の社員の前で披露し、観客をもてなすイベントだ。芸の構成から個々の役割、タイムマネジメント、観客を楽しませるための工夫、先輩への配慮など、あらゆる段取りを考えつつ、練習にも励む。この体験を通して年次の結束が生まれ、他人への心配りに目覚めていく。だが、規則に従うことやイベントへの参加は強制ではない。個人の考え方を尊重しながら、ともに生活し、賛同できることに協力するのが葛西寮の共通認識である。

 川原田さんは言う。「職場では多くの場面で人の“信頼”を得ることが重要だと教えられています。それには自分の言ったことを実践し、裏切らず、相手のために懸命に努力し、毎日積み重ねなさいと。これはたいへんなことですが、寮の行事を体験すると、そのために努力できる自分がいて、人としてのキャパシティが広がっていることに気づくんです」。寮の生活や協同作業から、社会人として協働する力が養われることは大きい。

教育・研修のポイント

»挨拶や礼儀など、基本的なことを徹底する
»協同作業で団結力とプライドを育てる
»仕事以外に失敗できる場所で特訓する

 

 建設業の体験型研修所、ホテルのホスピタリティを育てる日常的な努力、商社の社員寮。いずれも将来を拓く人材を育てるために、基本を重視し、受け継ぐ若者たちにもそれが充分に伝わっていた。

 
   
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