ACe建設業界
2011年8月号 【ACe建設業界】
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目次
ACe2011年8月号>現場発見
 

[現場発見]

環境再生を目指す土木力の挑戦
岐阜市北部地区産業廃棄物不法投棄事案
特定支障除去等事業対策工事

 
 
 

岐阜市街から北へ車で15分ほど走ると、
のどかな田園風景が広がる椿洞地区に至る。
降り注ぐ陽の光を受け、田んぼに伸びる苗が眩しい。
この緑豊かな町で、土木の力が不法投棄された産業廃棄物に挑む。
全国でも最大規模といえる「負の遺産」を撤去し、
限られた時間の中で自然環境の再生を目指す現場を取材した。



立ちはだかる75万立方mのゴミの山

小高い山の谷間に投棄された廃棄物が新たな「山」を形成した。その山頂には原形をとどめていないゴミが散乱。

  不法投棄の事実が明るみになったのは平成16年頃のことだ。その産廃業者は、それまで十数年にわたって全国400社以上の排出業者から委託を受け、無許可で産業廃棄物を投棄し続けた。その高さはおよそ50mに達したという。まさに国内有数の「負の遺産」だ。

 岐阜市は即座に対策検討委員会を組織し、周辺の環境調査を実施、その結果、周辺環境に大きな汚染は無かったものの、廃棄物層内部における燃焼とそれに伴うダイオキシン類の生成が確認された。市は平成20年度からの特定支障除去等事業として廃棄物撤去を決定、同年12月に鴻池・内藤特定建設工事JVが現地に入り着工した。「工事の目的は一言でいえば『燃焼部分の消火』『ダイオキシンの処理』『安全な法面の整形』の三点。土木工事としてはかなり特殊といえるかもしれませんね」と語るのは鴻池組の大桑宗一郎所長。確かに、構造物の施工、建設といったいわゆる土木事業のイメージとは少々異なる感がある。

 急峻な山間、約9万平方mに投棄された産廃は約75万立方m。このうちダイオキシン汚染の可能性がある約40万立方mを迅速かつ確実に掘削・選別・撤去しなければならない。

工事概要

工事名  :岐阜市北部地区産業廃棄物不法投棄事案特定支障除去等事業対策工事
工事場所:岐阜県岐阜市椿洞1161番地ほか
発注者  :岐阜市
施工者  :鴻池・内藤特定建設工事共同企業体
工  期  :平成20年12月11日~平成25年3月15日


独自の水蒸気注入工法で熱源を消火

消火対策工事概念図

廃棄物中の酸素を水蒸気と置き換え「窒息状態」にして消火を促す。

  最初に着手したのは消火対策だった。廃棄物中で燻っている燃焼を食い止めることが最初の仕事だ。ボーリングによる上部からの注水消火に先立ち、真横から熱源の下部に向けて鋼管を打ち込み、水蒸気を注入した。「なにしろ相手は『ゴミ』ですから、何が埋まっているか分からない。水蒸気注入管は六本打ちましたが、何かに突き当たってどうしても最後まで削孔できず打ち替えたこともありました」と大桑所長。この独自の工法によって70~100℃に達していた熱源を消火、温度を低下させた。消火作業は平成21年6月から10月まで続けられ、その後産廃の掘削・選別・撤去が始まった。


掘削現場の安全確保

スクリーン選別、磁力選別、風力選別の装置が並ぶ選別施設は体育館ほどの広さ。ベルトコンベアが縦横に走るリサイクル工場そのものだ。

  この工事は、不法投棄された産業廃棄物の処理に関わる特措法に基づく事業だ。つまり工期に厳然たる期限が設定されている。「平成24年度末の予算執行の期限までに完工しなければなりません。現場は結構速いペースで動いていますよ」と語る大桑所長とともに作業現場に向かった。

 急な坂道を上ると産廃の「山頂」に出た。嗅いだことのない異臭が鼻をつく。100m四方ほどの現場には黒く変色した木屑、鉄片、コンクリート塊、さらにはもとの素材すら判然としないゴミが辺り一面に堆積していた。10台ほどのバックホウが地面=廃棄物を掘り起こし、次々と選別機に投入していく。作業員は全員マスクと防護服で完全武装。安全確保と健康維持には万全の対策を講じている。しかし、重機の足下は堆積したゴミだ。強固な地盤があるわけではない。オペレーターには重機を安定させるよう常に指示しているという。「『安全』を堅持するには、口を酸っぱくして注意を喚起し続けるしかありません。職員の妥協は、即全員に伝染してしまうので自らを律することの重要性も自覚しています。ルールは自分たちで決めて守り続ける。それがたくさんあって大変ですけどね」と屈託無く笑う大桑所長。例えば、作業服は場内で洗濯し、家庭に持ち帰ることは厳禁だ。「作業員のご家族に、汚染物質が付着しているかも知れない作業着に触れさせるわけにはいきませんからね」。バックホウの唸りに負けない大声で大桑所長が話してくれた。

 取材当日は6月下旬にもかかわらず35℃を超える猛暑日。酷暑をものともせず作業員一人ひとりが黙々と業務に就く。どの顔も日に焼け、汗で光っている。「それにしても、みんな、ようやってくれている…」。ひと呼吸おいてそう呟いた大桑所長も汗だくだった。

周辺環境の保全を最優先に

廃棄物に浸透した水は、場内に建設された沈砂槽(写真前方)から、浸出汚濁水処理設備(手前)を経て、処理水貯留池にポンプアップされる。

  掘削現場で粗選別された廃棄物は、車両で場内の選別施設に移送される。「産廃の中間処理も担っています」という大桑所長の言葉通り、施設はまさにリサイクル工場だ。周辺への粉塵の飛散を抑えるため全体がテントで密閉されている。一定のダイオキシン濃度を超える廃棄物は直接場外の専門処理施設に送られるが、大半はここで各種選別機にかけ、可燃物、不燃物、金属類に分別される。土砂、がれきなどは再度汚染されていないことを確認した上で、現場の地形を整備するための整形土として活用される。

 この地に暮らす人々の「命の水」を守る水処理対策も重要なミッションのひとつだ。椿洞には長良川に注ぐ原川が流れている。「この地域の日常は田畑や山林など豊かな自然と共存して成り立っています。農業に携わる方々も多く、水に対する関心が非常に高い。長良川水系もその清浄さで有名なんですよ」と大桑所長。消火の際に使用した水や、廃棄物に浸透した水は、場内に建設された水処理プラントに集められ、汚染物質を除去してから下水道に放流される。

トリプルチェックで現場を見守る

 周辺の水質や土壌のモニタリングは、行政、地域住民がそれぞれ独自に行っており、定期的に公表されている。

 「もちろん我々も専任の担当者を置いて毎日検査をしています。トリプルチェックですね。結果はすべて公開し、自治会の皆さんとも情報を交換します。信頼関係も深まり、撤去作業は順調に進んでいます。計画通り期限までに終えることができるでしょう」と、大桑所長は自信を見せる。この山がかつての美しい風景を取り戻す日も近い。

 豊かな自然を再生する、人々が安心して暮らせる環境を創造する、それもまた、まぎれもなく土木の使命だと実感できる現場だった。

Q.あなたがこの現場で発見したことは何ですか?

株式会社鴻池組
鴻池・内藤特定建設工事
共同企業体所長
大桑宗一郎

A. A「土木は経験工学」と、よく言われますが、この現場ではまさしく様々な体験が新たな発見につながります。

特殊な土木事業にあたり、消火、廃棄物、水など各分野のプロが結集した専門委員会との連携も大変貴重な経験となりました。例えば、土木には「消火」という概念が希薄ですが、廃棄物内の燃焼を抑止するための方策を検討する過程は大変意義深く、その成果として当社も新しい地中消火技術を開発することができました。これは、当地と同様の状況が懸念される埋立地や処分場、さらに震災時の瓦礫処理にも活かされる工法といえるでしょう。

既存の工法を基本としつつ、フィールドワークや、異なる分野の交流によって技術革新が起きる可能性を強く感じています。




 
   
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