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「働く人」=「WORKMAN」 建築の世界で働くさまざまな人を紹介していきます。


タイトル

「耐震性の強化」に高機能コンクリートで挑む

コンクリートに情熱をそそいでいる男たちがいる。今回紹介する淺沼組技術研究所の立松さんと山崎さんだ。
日本の多くの建物はいま、「耐震性の強化」という大きな課題に直面している。地震大国である日本で、震災に耐えうる建物に改修することは、多くの人命を守ることに直結する。

耐震改修に欠かせない材料のひとつが、コンクリートだ。しかし、耐震改修に使うには、一般のコンクリートは、施工に手間がかかるという弱点を抱えていた。「その弱点を補うには、どうすれば…」。コンクリートを専門に研究している企業内の研究者、立松さんと山崎さんが、この難題に挑んだ。二人は、耐震改修に威力を発揮する「スーパーフィルクリート」という高性能コンクリートを開発し、商品化に導いた立役者である。

一般のコンクリートは、水、砂、砂利、セメントを混ぜ合わせてできている。混ぜ合わせてドロドロの液状になったものを流し込み、時間をかけて乾燥させ固まるのを待つ。ところが、その乾燥過程で若干、収縮するという性質がある。しかし、耐震改修では、既存の躯体のせまいすき間をぴったりと埋めなければならないので、無収縮、つまり「縮まない性能」がなによりも必要となる。さらに、わずかなすき間にもすんなりと流れ込むよう、高い「流動性」がなければならない。


立松さんの左にあるのは、コンクリートの強度を測るための試験機。コンクリートに圧力をかけ、どの時点で割れるかを測定する。

補強に必要な個所にコンクリートが流れていかなければ、性能を発揮することすらできない。「既存の建物を建て替えることなく、耐震性を上げるひとつの方法として、建物を外側から鉄骨フレームで補強する耐震補強工事があります。この場合、鉄骨と建物の壁のすき間にある接合部に、流動性の高いコンクリートを流し込み、鉄骨と壁をつなぎ止めなくてはならないんです」。
せまい場所にもすんなりと流れ込み、なおかつ、収縮することなくがっちり密着するという性能が、耐震工事の現場では不可欠なのだと立松さんは強調する。

実験を繰り返し、立ちはだかる難題を越えて

しかし、この「縮まない・流れやすいコンクリート」の開発は、口で言うほど簡単ではなかった。無収縮性、流動性といった機能を付加するには、コンクリート材料に混和剤と呼ばれる薬剤を何種類も添加しなければならない。このとき、うまく混和剤を配合しなければ、コンクリート本来の性能を損なってしまう。あるいは、無収縮性を高めるための混和剤を入れすぎると、流動性が低下してしまう。必要な機能をすべて満たすために、何度も配合比率を変えて実験が繰り返された。「いったい、混和剤の配合比率をどのくらいにすれば、求める機能が得られるのか…」と悩む日々。「やっぱり無理なんじゃないかと、心が折れそうになる時期もありました」。山崎さんはそう振り返る。


研究所にある実験用のコンクリート壁。何かのオブジェのようにいくつもの穴が開けられているが、これは強度や耐久性を調査するためのものだ。

長い月日をかけ、やっと最適と思われる混和剤比率を割り出しても、次なる壁が立ちはだかっていた。コンクリートを開発するとき、実験用コンクリートを打設した後、少なくとも半年位経たなければ、性能の良し悪しを見極めることができない。「これはいける」と思ったコンクリートが、半年も経ってから「性能が足りなかった」という実験結果が出ることもよくあるという。立ちはだかる壁は、これだけではない。「せっかく高機能なものを開発しても、コストがあまりにも高くついてしまうものは、建設現場で採用されません」。コストをかけすぎず、耐震補強工事の現場で使えるコンクリートをめざす。二人はその研究に、数年を費やした。そして…。


従来のコンクリート(左)の場合、上から流し込んだもの(普通コンクリート)が乾くのを待って隙間を無収縮モルタルでふさぐという二度手間が必要だったが、スーパーフィルクリート(右)が開発されたことで、下からの注入が可能となり、一度の手間でコンクリートを打設することが可能になった。

人の命を守ることが何にも代えがたい喜び

子供たちが学び、遊び、心と体を育んでいく学校。その学校の外壁に、鉄骨フレームが取り付けられた耐震補強工事が施されている。二人が開発した、縮まない・流れやすいコンクリート「スーパーフィルクリート」が、ここに使われている。コンクリート外壁と鉄骨をがっちりと接合する役割を果たしつつ、一度の流し込みで高い密着性を発揮するため、工期の短縮や工事コストの削減にも役立つ。「スーパーフィルクリート」によって、子供たちを地震から守ってくれる耐震改修が、これからますます取り組まれるだろう。「これで、たくさんの人の命を守ることができる」。耐震改修された校舎の前を走りまわる子供たちを見て、二人の胸に、やりがいと達成感が込み上げてきた。


鉄骨耐震改修された校舎。このような補強工事を行うときに威力を発揮するのが、スーパーフィルクリートだ。

いま、山崎さんはこれまでの開発経験をもとに、自社の社員向けにコンクリート研修を開いたり、大学でコンクリートについての講義をおこなって、若い世代にコンクリートの面白さ、重要性を伝えている。「コンクリートを深く知れば知るほど、学生の目が輝いてくるのです」と山崎さんは、とてもうれしそうだ。「研究開発によって、曲がるコンクリートを作ることもできれば、非常に高い強度を持つコンクリートもできるんですよ」。だから、もっと高性能な、社会に役立つコンクリートを作りたい。それが二人の目標だ。コンクリートによって、建築の未来を切り開きたいという熱意が、二人からひしひしと伝わってきた。

 

立松 和彦さん
株式会社淺沼組 技術研究所 環境・生産研究グループリーダー。大学で建築デザインを学んだあと、'84年に淺沼組に入社。現場経験を経て研究所のスタッフとなり、コンクリートの研究開発に従事。スーパーフィルクリートの開発に携わり、実用化にこぎつけた。
山崎 順二さん
株式会社淺沼組 技術研究所 環境・生産研究グループ主任と、大阪本店建築部技術グループ主任を兼務。'94年に淺沼組に入社。大学時代、コンクリートの奥深さに触れて以来、研究一筋。外部の研究者らとともに、コンクリートの耐久評価基準の規格化に取り組むほか、研究会等を通して社内外において(関西の)コンクリート業界の人材育成にも力を入れている。