令和の健人

新時代「令和」を担う技能者。
「令和の建人」は建設業のなかで重要な技能を誇り、その修練に努める次世代の人々を追う企画です。
多くの技能の中には受け継がれてきた人の想いが詰まっています。それらを掘り下げ、日々の仕事を記録すること。これらがきっと建設業にひとすじの光となり、新時代への道筋を照らすと信じて。

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第4回

「和」の心が息づく素材、木と向き合う

池之上拓也さん

清水建設株式会社 建築総本部東京木工場

木工(造作・家具・建具)職人
木を加工し、棚・テーブルなどの家具、羽目や出入口枠などの造作材、建具を製作する木工職人。家屋を建てる大工(建築大工)とは区別されます。かつては家を建てる大工が家具・建具なども作ることが多かったため、明確に線引きされていませんでしたが、江戸時代頃から家具職人、建具職人に分業化されたと言われています。

父は家具職人、木に囲まれて育つ

東京都江東区木場にある、清水建設㈱東京木工場。1884(明治17)年に清水満之助店が、この地に貯木場・木材切組場として設置した作業所だ(清水満之助店は後に法人化し、清水組、清水建設へと社名変更)。かつては各建設会社にこのような作業場があったが、その多くは分社化・閉所され、今では大手ゼネコンが組織として有する唯一の木工場となっている。現在、清水建設が施工する建物の高級内装用に、木製家具・建具の製作、現場施工などを担当している。

イメージ東京木工場の沿革を語る和田昌樹工場長。「開設された頃は、当社で手がける木造建築の柱、梁をここで製材していたそうです。
木を加工することはもちろん、日本各地から良質な木材を調達する『木の目利き』がいることも、この東京木工場の特色です」

ここで働く木工職人・池之上拓也さんは、1983年生まれで東京都八王子市出身。
実家は家具屋で、父は木で家具を作る家具職人。幼い頃から身近に木があった。
「特に父から何かを教わったというわけではないんですが、父の背中を見たり道具にさわったりして…木で工作するのにも興味があって、自然と木工が好きになっていきました」

兄も木工職人となり、父とともに働いているが、池之上さん自身は高校卒業後、違う道に進むことになる。
「高校を出てから職業訓練校の木工技術科で1年間学んで、技術を身につけました。清水建設に就職したのはその後です」

現在の上司、女屋(おなや)光正グループ長が補足してくれた。
「私も含め、訓練校出身者が代々、ここに就職しています。大手ゼネコンで部署として木工場を保有するのは清水建設だけです。この東京木工場は、清水建設のなかで唯一の『生産部署』、つまりモノを作る部署になりますので、特殊な技能が求められます。このため、1年間特殊な訓練を積んだ人を採用しているんです」

木工科の卒業生の多くが家具メーカーなどに就職するなか、建設会社に入った動機は?
「当時はまだ19歳で、清水建設がどんな会社かはあまりよくわかっていませんでした(笑)。ただ工場見学の時に、広い敷地内で大きな機械を使って、たくさんの職人さんが作業している姿を見て、自分が思い描いていた家具づくりとはだいぶスケールが違うなと。有名な建築物の内装もいろいろとやっていたので、ここに入れば自分を伸ばしていけるのかな、と思いました」

イメージ上司の女屋光正さん(写真右)は、職業訓練校の先輩でもある。

材種、切り出し方、加工法…「木」を知り尽くす

池之上さんが所属している「製作グループ」では、ノコギリやカンナで木材を加工して家具を組み立てているが、入社直後からいきなり任せてもらえるわけではない。
「製作に入るには、まず『木取り(きどり)』といって、粗挽きされた木材から、用途に合わせて使いたい大きさに切り出す工程があります。木の材種は何十種類もあって、木目や材質のこともわかっていなければならないので、新入社員は1年間、この『木取・加工工程』に従事し、木にもいろんな種類があること、切り出し方や仕上げ方法を勉強します」(女屋グループ長)

「『木取りで材料を覚える』っていうのが今になっても役に立っていますね。材質などをわからずに作っていたら、数年後にどうなるかも知らないで加工することになるので」
洗面台など水回りの部材であれば水に強い材料を使うなど、適材適所の材種を選ぶことも職人の役目だ。時には指示書で指定されている材種について、より適したものを逆に提案することもある。そこは、工場内で施工図の作成も行っている「ワンストップ」の強みだ。

イメージストックされているたくさんの木材の中から最適な材種を見極める。

「慣れ」が最大の敵、初心を忘れずに…

日頃の作業で心がけていることは?
「長くやっているとどうしても『慣れ』が出てきて、楽をしようとしてしまう。なので、初心を忘れないように、ということをいつも心がけていますね。今は自分の班を持たせてもらっていますが、班長である僕が手を抜いていたら班員もそれを見て『こんなもんか』と思ってしまうので…」

木工作業では様々な刃物を使う。新人が最初に覚える仕事は道具の手入れ、特にノミやカンナは職人の命ともいえる大切な商売道具。その道具を手入れすることは基本中の基本だが、それを班長自らが率先して行っている。その姿を見て、後輩たちも気を引き締めているだろう。
「口で言うだけでは響かない部分もありますので…実際にやっている姿を見せることで、伝わるものがあるのかな、と思っています」

イメージ作業場の一角には池之上さんが普段使う工具などが置かれ、道具の手入れもここでできるようになっている。
イメージノミやカンナを砥石で研ぐ。いい仕事をするために、道具は常に最高の状態にしておかなければならない。
イメージ丁寧に手入れされている道具類。池之上さんが1本1本揃えたものだ。
イメージ図面を見ながらの打ち合わせ。班長として、後輩の仕事ぶりを見る立場でもある。

同木工場では、職人の技術研鑽のため、「技能五輪」「技能グランプリ」といった社外の技能大会への出場を推奨しており、これまでに数多くの受賞歴がある。池之上さんは入社10年目となる2011年に、第26回技能グランプリ「家具職種」で金賞を受賞した。

この10年ほどは、工場製作だけでなく建築現場での取り付けなど施工も担当するようになってきた。
「以前は取り付け専門の職人さんがいたんですが、高齢化の影響もあり人材が減ってきたのと、われわれ木工場の職人も現場のことを知っておいた方がいいということで、要望があれば積極的に現場に赴くようにしています」(女屋グループ長)

今後、挑戦してみたいことは?
「先日、数寄屋造り(※)の大工さんと一緒に仕事をする機会があって、家具とはまた違う、昔ながらの茶室を作るような建築の技術を少し教えてもらったんです。それで、建設会社にいる人間として、同じように木を扱っている以上、そういう技も学ぶ必要があるのかな、と。やり方も道具も違いますけど、知識を高めていけば仕事の幅も広がるんじゃないかと思っています」

※茶室風につくった建物のこと。日本の建築様式の1つ。

イメージカンナで木材表面を薄く削る。厚さ数ミクロン単位の調整は、まさに職人技。